お侍様 小劇場

     “ちょっぴり切ない思い出も” (お侍 番外編 116)

            *シチさんの幼少時代がちらと出てきます。
             痛いお話がダメな方は自己判断でお避けください。



今年の梅雨も何だか妙な按配で。
いつまでも上天気なご陽気を引き継いでの、
そのまま真夏に突入かという暑さのまんま始まったのに。
いきなり春時分へ逆行かという梅雨寒が続いたり、
そうかと思えば、台風が早々と襲来し、
とんでもない豪雨になったりもし。

 「さすがに上着は早めに仕舞いましたが、
  時々はくしゃみが止まらぬ朝もありましたものねぇ。」

 「……。///////」

誰がとは言わぬ七郎次だったが、
覚えが重々あるらしい連れの高校生が、
ありゃりゃあと首をすくめたので、
それで答えが出たようなもの。
羞恥みつつほんのちょっぴり俯いたのへ、
あらあらとこちらはまろやかに笑った七郎次。
綺麗な白い手で、前髪を直して差し上げて、
早う治まってよかったと、
こそり囁いてくれたのへ、
うにむに、ますます照れてしまう久蔵殿だったりし。
相変わらずなやり取りをするご兄弟、
同じ商店街へと向かうのだろ、
やはりお買い物にとお急ぎのお母様方が、
このご町内ではすっかりお馴染みの顔ながら、
いつ見てもお綺麗で垢抜けたその姿に気がつくと。
あら今日は久蔵さんもご一緒なのねぇと、
思わぬご褒美を授かったかのように、
ついつい頬を微笑みにほころばせておいでのお人が
多いこと多いこと。
ちょっぴり長身のお兄さんの方の七郎次さんは、
島田さんちのいわば専業主夫なので、
商店街へも毎日のようにお越しだ、
タイミングさえ合えば当たり前のように姿も見られるが。
ふんわり綿毛がなかなかノーブルな、
久蔵坊っちゃんの方は高校生なので。
こんな昼日中にはなかなかお顔を見られぬのだが、

 「ああそうか、期末テストなので。」
 「そうよ、ウチの娘も夜中遅くまで起きていて。
  ラジオか何か聞いてか、不気味に笑ってるし。」

  覚えのある人手を上げて。
(苦笑)

本来はお勉強なさいという意味合いでのお昼までなのだが、
こちらの坊っちゃんの場合、
これ幸いとおっ母様のお手伝いに精を出すという
変わり者…もとえ、今時には珍しい孝行息子で。
みそに醤油に、あと、あずきともち米と。
ああすみません、久蔵殿。
今日は特売日なもんで、重いものばかりなんですよと、
何も全部を任せるつもりはないらしいのに、
お勘定が済んだ荷から次々と、
自分が先にと手を伸ばす坊っちゃんなので。
七郎次はほぼ空のトートバッグと
これも特売の玉子しか提げさせてもらえていない。
やたら恐縮する金髪美形のお兄様へ、

 「……。(否)」

何でもないことだから平気と、かぶりを振った久蔵に、
そのまま視線で促され、次はと向かったのはお肉屋さんで。
丁度お昼時分だからだろう、
コロッケや揚げ物のいい香りが随分と先から感じられ、

 「…あ。」

店頭にはショーケースの邪魔にならない端っこながら、
七夕の笹飾りが立ててあり。

 「そうだった。七夕でしたねぇ。」

さわさわ揺れる笹の葉に触れたおっ母様。
今時の…セロファンだろうか、
キラキラした飾り物がにぎやかだなぁと眺めておれば、

 「平八も。」
 「え? ヘイさんとこも飾ってましたか?」

久蔵の手短な一言に、
ありゃそれは気がつかなんだと、眉を下げた七郎次だったのへ、

 「仕方がない。」

ちょっぴり俯いた次男坊。
だってシチは忙しい。
特にこの何日かは、
自分がテストの勉強にと夜更かしをしているため、
お夜食だの果物だのと届けてくれては、
息抜きしなさいと付き合ってくれており。

 “島田の会社務めも連日遅いから、というのもあろうが。”

彼の勤める商社クラスでは、節電の夏も関係ないものか、
それとも、夕涼みという格好でエコ接待としゃれ込んでいるのか。
このところ、妙に帰宅が遅い御主様でもあって。
このまま続くようならば、先に夏休みに入る自分が、
避暑にとシチを木曽へ連れてくぞと、
半ば脅迫めいたメールを、
明日にも勘兵衛へ送る所存の次男坊だったが、

 「笹飾りとコロッケというと、
  懐かしい取り合わせなんですよね。」

当然のことながら…と言っていいものか。
久蔵の胸のうちになぞ気づかぬまま、
七郎次が仄かに微笑んで紡いだお話は、

  あんまり思い出したくは無い、
  名ばかりの養い親の家にいたころのこと。

 「それは親切な女将さんがいたんですよね。」

育ち盛りの小学生だってのに、
一家の食べ残ししか食べさせてもらえなかった身で。
いつもお腹をすかせていたところへ、
こんないい匂いがするのだもの。
最初は笹飾りに見とれていたものが、
でもでもショーケースの方が気になってもしょうがない。
でも、ねだる相手もいなかったから、
黙って見とれているしかなくて。
するとそこの女将さんが、お店の裏まで引っ張ってって、
もう冷めちゃったからと
こっそりコロッケやミンチカツを分けてくれた。

 『ごめんよ、表じゃ知らん顔してて。』

でも、あんたんトコのおじさんは、
おっかない仲間とゴロ巻いてるよな人だから、
あんたへ構うとそれへ言いがかりをつけてきかねない。

 『ウチも商売しているから、いざこざは困るんだ。』

そうと言いつつ、それでもしょっちゅう、
通りすがればおいでおいでとおかずをくれたし、
他のお店のおばさんから預かったという
おにぎりやパンをくれたりもし、
美味しい美味しいと平らげて、
ご馳走様でしたありがとうとお礼をいうと、

 『ホンに、こんなお行儀のいい子なのにね。』

匂いでばれたりしないように、
口許や手を丁寧に拭ってくれながら、

 『いいかい?
  あんたはきっといいとこの坊ちゃまなんだ。
  きっと実家のお人が探しているから、
  ひねたりせずのいい子でいるんだよ?』

そしたら、
こんな下町には珍しいくらい育ちのいい子だと噂になって、
お迎えの人がくるからねと、

 「おばさんが言ってたとおりになったんですよね。」

先代の旦那様がいらしたときは、
あんまりいきなりだったから呆然としてたけれど。
後になってああこういうことだったのかって、
女将さんが言ってた意味が判ったもんですと。

 「…? 久蔵殿?」
 「……。」

だってあんまり、甘く微笑ったシチだったから。
そんなにも辛かったのに、
それを欠片も匂わせず、
誰へでも優しい、心の豊かなシチだから。
芯の強い人なんだなと今更ながら感服しつつ、

 「……。」

そのとき間に合わなかったのが
口惜しいからと言わんばかり、
大好きなおっ母様にギュウと抱きついて、
良く頑張ったねとおでこグリグリ、
甘えてしまった次男坊だったらしいです。




   〜Fine〜  12.07.06.


  *ちなみに、
   七郎次坊っちゃんがお世話になった商店街の皆様へは、
   島田一族の皆様が何かとお買い物へお運びになっての
   絶対に傾かせてはなるまいぞと盛り上げておいでで。
   シチさんは戻ったことが無い土地だけれど、
   今でもアットホームなお商売を
   続けていなさるようでございます。

   そして明日は七夕ですね。
   どんだけ降ったらいいのやという、
   鬱陶しい空での逢瀬となりそうな牽牛織女ですが、
   せめて地上では睦まじゅうありたいものだと、
   宗主様、久蔵殿に攫われるくらいならと、
   お仕事も振り切っての、
   恋女房を喜ばせる早帰宅を構えそうです。(わ、判りやす・笑)

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